恥辱的な感情の吐露

恥ずかしいことを囁きます

映画「永遠の0」の感想

私には好きな映画がある。それは1つではなくかなりの総数あるが、その内の1つを紹介しよう。邦画の「永遠の0」だ。

日本の戦争映画は皆さんにとってあまり馴染みが無いのかもしれない。大抵は洋画でアクション多めの戦争映画が沢山といっていい程存在しているせいだろう。

別に私は戦争主義者でもないし、戦争を賛美しているわけでもないが、昔から戦争モノの映画は好きだ。

人の生き死にや壮絶な戦闘を見るのが楽しいだけであって、別に戦争論とかを語るつもりは毛頭ない。

それでもこの映画は特別好きだ。日本の戦争賛美だと批判する人も多いが私はそうは思わない。別にどこの国の戦争映画も自国を賛美する内容は含まれているし、日本もそれなだけ。

 

さてここで本題に入ろう。まず主役級の役者達が揃って迫真の演技をしているところも非常にいい。ストーリーも良く練られているし、原作の過敏とも言える説明が省かれてるし、テンポもいい。特に感動したのはラストの演技。

零戦が敵艦に突撃する時を写さずタイトルロールに入るのはオシャレな演出だったと思う。

 

余談だが原作の方では突撃後に爆弾が爆発せずに不発となっていた。最後の敵艦に乗っていた米兵を心配した人たちは安心してほしい。死んでないから。

地に落ちた気分の解消の手段とその結末

誰でもそうだと思うが、時には気分が落ち込む時もある。

道端でホームレスのおじさんが草むらに手を突っ込んでゴミを漁っていたのを目撃したり、お気に入りのコートに唾かけられたりした時も落ち込む。しかしそれらによって落ち込んだ気分を解消する方法がある。画期的な方法だ...。

 

それは「人を見下す」ことだ。これは間違いなく万人に意味がある大変素晴らしい手段といっても過言ではない。

道端のホームレスのおじさんを心の底から見下し、犬以下だと思い込むようにした。コートに唾をかけてくる中年のおじさんを猿以下だと思い込んだ。そうすることにより、自分が圧倒的に優位な立場だと認識させ、心の平穏を保つことができるのだ!

 

自分はいつでもこの底辺達を埃の如く吹き飛ばし、いつでも排除出来ると想像するだけで、落ち込んだ気分がまるで麻薬をやったように天高く舞い上がるのだ。

この「思い込み」による手段を皆さん自由に採用してください。例え貴方達がホームレス以下の人間であっても気にせずに、そう、まるで大企業の社長であるかのように振る舞うのです。

 

後にやってくるのは自分に対する嫌悪感と罪悪感であったとしても。